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2015年1月3日土曜日

いろいろと手をだしていきたい

明日に進んでいくために現状を整理してみました。

去年の末にはLINEスタンプもリリースできました。

2014.12.27 release
 モヒカン猫 - LINE クリエイターズスタンプ
 https://store.line.me/stickershop/product/1054849/ja

■ 現在手をだしているものリスト
- youtube (動画配信)
- pixiv
- twitter
- facebook
- blog
- アプリ開発(5つ公開中、iOSハンドル1つ)
- LINE クリエイターズスタンプ(8つ申請中)
- swift言語
- iPhonePLUS (http://iphone.ascii.jp)(開発者投稿)
- 切り絵(専用はさみ購入)

いろいろと手を出していますが、やってるだけで、質と頻度が低いですね。
でも、やらないより、やったほうがわかることが多い。
ちゃんとした人はやらなくても検証ができるらしいが、私にはできません。
それぞれの質を向上させながらも、今年もいろいろと手をだしていきたい。

去年末、悩んだFireFoxOSは、いまのところやめてます。
■ 手を出すかもしれないもの
- enchantMoom
- FireFoxOS

以上、今年も宜しくお願いします。

2013年5月15日水曜日

自信を取り戻す方法


自信を失って生きる意味を考えていましたが、今回フルスクラツチしたLoopPlayerのおかげで、最近自分の成長に対する疑問に対し、ソースのブラッシュアップを感じられ少し自信を取り戻すことができました。

再び自信を失ったときのために、人は意外と無駄に時間をすごしていないといことを感じられそうなことを記載しておきます。


1、過去やったことをもう一度やる
1回目の経験、それ以外の関係ない経験が意外と生きていて、一回目よりうまくいくはずです。

2、自分がおもっているより簡単なことをやる
周りからの期待、立場から必要以上に自分に求めすぎていませんか。
選ばれた戦士でも、スライムからコツコツと経験を積むものです。

2、よかったときを思い出す
Blog、日記等にそのとき、感じたよかったことを記載しておき、つまったとき、そのよかったことを中心に
思考をめぐらせてみる。

3、10倍、時間をかけてやってみる
時間をかければ、たいていのことは、普通にやるより丁寧になり見栄えがよくなります。
あとは、回数を重ね経験で時間を縮めていくだけ。

4、本をたらふく買う
1冊の本に大事なことは3行ぐらいしかないんです。
わからない、理解できないのは、著者が悪いんです。

5、デッサンをする
細かいほど、ぼけーとして集中できる。
最終的にやりきれる自信と成果物がのこる。
(ブラックゴールドソーのフュギア買ってしまいました)

6、しばらくなにもしない
テンションがあがるのを待つ
今回は、ゴールデンウィークとして2週間ぐらい休んでいて、さすがに最後の方になにかしたくて
はじめました。

7、早歩きして、前歩いている人を抜く


結論、
自分を過小、過大評価せず、
小さいできることを確認しつつ、
自分の可能性を感じることが自信を取り戻すこと一歩かもしれません。


✨当該アプリは2周年感謝で2013/05/19の日曜まで無料にしてます。
https://itunes.apple.com/jp/app/loop-player/id438691099?mt=8




2013年4月17日水曜日

何もできなくなってしまった自分をもう一度見直す

春なのでそんな反省を始めた。村上春樹に触発されて文章が書きたいだけかもしれない。
でも、今、自分を見直さないといけない気がしているのも事実なのです。

原因1
・目的が不明確、達成目標が多すぎる
例)
アプリを作るときに求めること。
・売れる
・ダウンロードされる
・アプリ作成技術がつく
・デザインしたい
・音作りたい
・自分の表現
・アプリを発表する

達成目標が少ないほど、対応策がたてやすいのはわかりきていることなのに、欲張ってしまい、
結局なにもできません。

対策1
・スケージュールから決めて、目標を選択する
・大切なこと、できることを選択する

原因2
目的が明確でない
例)
・売れるアプリ
こんなものは目標でもなんでもない。

対策2
・模写
・〜のようなもの
・〜の何かが最適されたもの
というのと、出力と比べられて、達成感と意味がもたらされる。

細かい部分でも
・線を引く という目標よりも、 柔らかい直線をかけるようになる
・このロジック、こうする方が分かりやすいかも
のほうが工夫もしやすい

原因3
考え過ぎると動けなくなる

対策3
モックをさくっと作れる方法、環境を用意できないかなあ。
準備が必要。(素材)

飛べない豚はただの豚なので
もう一度、トンでみたいと思うのです。

2012年12月11日火曜日

価値を他人に共有すること

あるモノの価値は、評価する人によってかわる。2人だった場合、相手の趣向が加わり、多人数になった場合、より抽象性がますのだろう。
個人の思考によっているかぎり、その価値を考える人は何を評価するのだろうと自分が考えているので極論では、自分が最高、自分が何をやっても相手が喜ぶと確信してしまっているひとにとっては、相手の事象に対しても自分での価値に変換されるだろう。

なので、より客観的に事象を共有するためには、「モノサシ」という価値をはかるものが必要になってくる。
ただ、評価するものが、単純な長さ、重さならともかく、主観が入ってきそうなかっこいい、かわいいとかを全体に共有する値は、難しい。

最近、洋服を一定の水準にしようと考えた。しかし自分は、基準になる知識もなかったので、ある程度、「お金」が高いモノを選んだ。

自分にセンスに自信がある人は、どんなものを着てもすばらいと胸をはって言えるのだろうが、第三者に説明をしようとしたときに、ここに、青を入れることによってしまるといって理解できないひともいる。
しかし、この服は、10万円したといった場合、結構な価値があるんだねと感じてもらえる。

これは、見た目という意味では、何もみたしていないかもしれないが、周りにたいして洋服の価値について一定の説明をしている。

これは、仕事にもいえるんじゃないかと考えた。
出来上がりが最高なものを目指す考え方(主観)と
プロジェクトを管理(客観)

プロジェクトを進めるにあたって、作る人間とは別に、経営者や戦略を考えるひとによっての価値は、
モノ自体の価値はわからないので、何らかの価値を示さなくてはならない。
それは、時間やお金なのだ。それらをかけると一定の水準のものが生まれると信じられているし、コストに直結するので、判断が単純化する。

価値を他人と共有することは、他人が持っているだろうモノサシではからなくてはいけないので、
身長を体重計ではかるというようなことが常に生じているのではと考えてしまったのだ。

2012年4月1日日曜日

ソーシャル農園ゲームのヒットの秘密

ホンマでっか!?TV - フジテレビにおいて、畑作業は、未来志向性のある行為で、生活に「ハリ」を持たせて長生きにつながるという話をしていた。

そんな話を聞いたとき、ソーシャルゲームの農場系のヒットも同じ理屈がヒットの要因にあるのではないかと思えた。

 そういえば、少し前から、仕事、環境に疲れた社会人の週末農作業が取り上げられてきたが、ソーシャルゲームの農園はそのかわりとして、現代の閉塞感、未来への希望を持てないでいるヒトの心理に、生きるという本能がゲームをさせているのではないだろうか。

従来型ゲームとソーシャル型農園ゲームと比べて仮説を検証してみよう
(従来型ゲーム)
0、要求
  ゲームがしたい。(ゲームそのものが目的)
1、携帯性
  どこでもゲームができるぜ、家でもするけどね。
2、一回のプレイ時間
  長くゲームをしていたい。
3、難しい操作
  操作を覚える快感
4、ソーシャル性
  ゲーム自体にエンターテイメント性があるので
  別に、ヒトに言わなくてもいい。
  映画鑑賞と同じ、感想をヒトに言っても良いが言わなくてもいい。
5、継続性
  新しいものがほしい。
  映画型なのかもしれない

(ソーシャル型農園ゲーム)
0、要求
  生きる希望がほしい
1、携帯性
  家に帰ったら、休みたい。
  家に帰ったら、家事がある
  家に帰って、ゲームを用意するのは億劫だ。
2、一回のプレイ時間
  短時間)
  欲しいのは、ゲーム自体ではなく、ゲームでの結果、ゲームに時間をかけたくない。
3、簡単な操作 
  疲れているのに、なんで複雑なことしなくちゃ行けないの。
  全く操作しないと、自分がやったことにならないので、満足できない。
4、ソーシャル性  導入) 友だちがすすめてるからやっておくか。  結果) 友だちに自慢できるかも。結局しないかもしれないが、結果に価値を持たせている5、継続性
  ゆっくりやっていく。
  結果がすぐでたら次なにを目標に生きていっていいのかわからない。
  ドラマ放送型なのかもしれない。


従来のゲームのユーザとソーシャル農園ゲームユーザの要求は明らかに違っていて、これを従来型に変換するのは、困難だと思われる。
ソーシャルゲームと言われる市場の閉塞感はあるが、従来型に近いユーザ層は、ゲームの本格化を求めていき、市場もそれに応えていったのだが、ソーシャルの主軸は、農園型だったため閉塞していっているのではないだろうかとか考えてみるのである。




2011年11月5日土曜日

喜びも悲しみも共有する人があってこそなんだな

自分はナルシストでわがままだと思っていた。

感情の高まり、喜びや悲しみは、人が生きる上でのエネルギーになり得ることは、私の浅い人生でも感じていることだ。

でも、その喜びや悲しみを自分に提供し、それを自分の中で処理をすることは、自分には無理だった。

今、悲嘆してこのようなコトを感じているのではない。

自分は喜びにあふれているのだ。このことを外に発散できなくて、つぶされそうになる自分がいる。

本当のナルシストなら、自己循環させることができるはずだ。今の自分にはできなかった。

だからこそ、周りにいてくれているみんなに心からありがとうと伝えたい。

そう、今朝、愛おしい自分の脆弱さをみつけたのだ。

2011年10月2日日曜日

自分に甘くなろう

ちゃんとつくろう!しっかりつくろう!きれいにつくろう!
頭に唱えて
がんばろう、がんばろう、がんばろう
とかしていたけど、なにもできない。
ふいに、気づいてしまった
自分ってそんな人間?
いい加減で、大雑把で、短期型の人間でしょ

いい加減で大雑把な人間と自分を自覚したら
大切なのは、いい加減で、大雑把をいかした方法をとること。
性質はけして欠点にはならないから。
課題に対してのアプローチの多様性は大事だし、
アプローチは変わっても、最終的なアウトプットは大抵変わらない。
アプローチによってアウトプットが変わったならそれは、課題の抱える問題を発見したということ。

だから、自分に甘くなろう。その方法は自分が楽な方法、楽な方法に置き換えられない?
そして、楽な方法を極めていこう。






2011年3月21日月曜日

できないと思うことは自分が無謀というだけであり自分の無能ではない。

何かを学ぼうとして
面倒くさい。
自分に向いてない。
と思うことがある。

似たような感情をRPGゲームの世界で、感じたことがある。
ゲームを始めたばかりのとき、本筋のルートを大きくはずれて出会ったしまった圧倒的な強さの敵に対して抱く感情そのものだ。

このときの対処はいたって簡単だ。本筋からどこで外れたかを特定し本筋のルートに戻るということだ。

Lv1の勇者が大魔王を倒すことはまずできないが、弱い敵から強い敵にステップアップしていく、ゲームメーカーがレベルにあった適切な位置に敵キャラを配置しているのだ。

我々は、現実世界において自由に歩けるマップにおいて出会ってしまった敵が自分が出会ったものは倒せるものと誤解してしまっているのだ。大切なのは、自分のLvを認識しその敵が倒せるLvかどうか判断することだ。
そして、無理と判断したなら、本筋のルートを探るためにもどることだ。きっと出会うべきものに出会っていないのだろう。
それでも対処できないときの方法は一つだけだ。経験値をためてLvを上げること。

Lvの上げかたは、
・簡単な案件の反復
・多彩な方法の理解

反復は、感情を無視してものごとに対処できるようになる。単調な作業を理性が受け付けないという欠点がある。
多彩な方法の理解は、一見楽しいが、頭での理解だけでは、わかった気だけになってしまう。実際手を使わなくてはいけない。

結論、できないと思うことは自分が無謀というだけであり自分の無能ではない。大抵のことは、地道にやっていくしかないのだ。

2010年5月23日日曜日

音楽と生き方

カノン。同じ旋律を繰り返す方法。人を少しセンチにするらしい。これって日々の生活と同じなんじゃないかと思う。同じ仕事、同じリズムで生活していると人はセンチになっていく。

ならばロックな人生って、多種の仕事を勢力的にこなしている人なのだろう。8ビートで16ビートで32ビートで。仕事を細かく分割して、多種をこなす。

人は思ったより単純にできているはず、
もともと生きるための力を、置き換えて文明的な感情におきかえて
「ヒト」が人たるなら感情の起源を考えることでより深い感情を得ることができるのではないだろうか。感情をコントロールできるのではないだろうか。

音楽は、構えることなく自然に心に響く、きっと起源に近いところにあるのだろう。
まずは、音楽から日々の生活を少し考えてみることにしよう。

2010年4月19日月曜日

脳のシナプス回路について考えたこと

脳のシナプスについて、思ったことを書いてみます。
神経の伝達が01の電気信号の世界だとして、
コンピュータの世界のだと命令が割り当てられた領域があるように
脳の一定部分に対して刺激が与えられ、
その組み合わせによって思い、動作が導き出されるんじゃないかと思うのです。

勉強でもそうだが覚え方は人によってちがうし、またその人にあった覚え方があるということから、
結果にいたる経路は人によって違く、また一度得たものは忘れることはできないのではないか
と仮説づけることができるのです。

先日、禁煙した人の話でやめて10年たってもたまに吸いたくなることがあるとききました。
きっと喫煙回路は使わなくなることで退化はするのだろがなくならなく、
一度覚えた逆上がり、自転車の乗り方と同じようにその人に一生ついていくものなのだろう。

以上から考え方のフレームワークが効率化されれば、技能の習得、記憶などがスムースに行えるのではないか。
物事を自分に対するプログラムとしてとらえ、効率的なプログラムを組んでいく、
という考えが浮かんだのです。
そして、適切なフレームワークを構築できないだろうかと。

フレームワークを確立することで、ANYWAY ANYWHERE的なことを実現させ
ひとは、フレームワークの習得に方法をOSごと自分ごとに身につけていくのです。

言っていることはUML的なことに聞こえるかもしれないけれども、もっと根本的な原始的なアプローチで実現できないかと考えているのです。

バーンでボーンでビーンで伝わる世界
イメージに色がある世界が、
今後のヒントとなりえると今漠然と思っているのです。